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Mon, July 27, 2009

やる気とは何か・・・または人はなぜ"それ"をやることが楽しいと感じるのか?について

自分が持っているもの(=身体能力など)を十分に活用しようとする、というのが人間・・・ということを以前、聞いた。 それはその通りなんだろうな、と理解したのだが、 最近子供とプールにいくことがあって、本当にそうなんだな、と納得した。

一日中でもプールにいたい(そしてそれが実際に楽しいと言う)

子供と近所の市民プールにいった。 市のプールだから、流水があるわけでもないし、ロングスライダーがあるわけでもない。 水がはってあるだけのプール。

しかし、子供は朝から晩までいたいという。 そこで何をしているかというと(彼は泳げないので)ビート板でバタ足したり、潜ったり、ただそんなことの繰り返し。 でも楽しいらしい。

そういえば自分も子供のころ、夏はプールによく行っていた気がする。 何が楽しかったのか具体的に説明しようがないが楽しかった、という記憶がある。
しかし今はわたしにとってプールは全く楽しくない。 これはとても疲れるのでダイエットにいいな、という思いはあるにしても、決して楽しくはない。

振り返ってわたしは、GTDとか、いわゆるLifeハックといわれるようなことが好きである。 彼にとってのプールと同じように一日中やっていても飽きることはない。

なぜそれをやり続けることができるのか? そして子供の時好きだったプールが今は嫌いな理由はなんだ? と思ったときに、はっきりしていることは、わたしにとって身体を動かすことはもはや苦痛である、ということ。 それはプールで遊ぶために活用すべき能力が、もはやわたしにとって子供の時と比較して減ってしまったからなんだと思う。 そう考えると、コンピュータもそうだった。 わたしはインターネットにつながったコンピュータ(Linux)があれば、どれだけでもそれに没頭することができる。 それはコンピュータ言語を使う能力を獲得しているからであって、それをもっと活用しようとしているのだろう。 もし、ただオフィスツールを使うだけの能力しか持っていなかったとしたら コンピュータはそんなに長い間、 飽きもしないで使いたいと思うようなツールでないはずだから・・・ いや、このエントリーのような文章を大量生産するかもしれないが。いやまてよ、 ということは、人は置かれた環境の中でもっとも自分の能力をよりよく活用しようとする、というべきか。

なぜそれをやるモチベーションが維持できるの?という質問に対して、好きだからと答えてしまうと それ以上なぜそれをする気が起きるかを説明しようがない。好きな理由を説明しようとしても、 好きだから好き、ということになってしまうから。
という意味では、自分の持っている能力をより活用しようとする、というのは、 人がなぜそれをするのか、という(「好きだから」というよりは)よく説明できている気がする。

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